※この物語はフィクションです。
ノイバラハルシメジと呼ばれるきのこがある。
そもそもハルシメジにはいくつかの種類があって、ウメやモモの樹下に生えるのがウメハルシメジ、ノイバラやサクラの樹下に生えるのがノイバラハルシメジだ。
他にニレやケヤキの樹下に出るニレハルシメジもあるようだが、詳細は不明である。
いずれも4〜5月に発生する優秀な食菌であり、同時季に出るアミガサタケの類とともに春の味覚を感じさせてくれる。
ウメハルシメジより細くすらりとした柄、中央の突起が強くつるんとした傘を持つノイバラハルシメジ。
「私たち」は桜の樹下にそれを求めて散策に出たのであった。
斉木さんは背の高いおじさんである。
学生時代は長身を活かしてバレーボールをやっていたそうだ。
なるほど、バレーボールプレイヤーらしい丸みのある筋肉のつき方をしている。
だが身体の大きさは、こときのこ散策においては不利であることが多い。
地面から生えるきのこから眼が遠く見つけづらいのはもちろん、見つけたきのこを観察したり写真を撮るのも一苦労である。
きのこ写真を撮る場合、背の低い人でも窮屈に身体を折り曲げ、時には地面に腹這いになってシャッターを切らねばならない。
斉木さんには一層大変な作業であろう。
そんな斉木さんと、同じくきのこ仲間の福山さん、そして私の3人でノイバラハルシメジのシロを目指していると、
「いいでしょう、これ。この前のきのこイベントで手に入れたんですよ」
そう言う斉木さんのバッグには一本のきのこのストラップがぶら下がっていた。
訊けばそれはハルシメジをモチーフとしているそうだ。
なるほど、木材の質感を活かしたそのストラップは、わずかにゆがんだ柄や端が波打つ開いた傘がイッポンシメジ属らしい特徴を表している。
親指サイズの可愛らしいものだ。
斉木さんによく似合っている。
それにしても今年はノイバラハルシメジに出会っていない。
発生を見逃しているのか、いや、まだ生え始めていないのだろう。
ぼうっと考えながら歩いていると、私は二人からずいぶん遅れてしまった。
再び合流したとき、斉木さんはサクラの下に腹這いで写真を撮っていたので、私はあられもないその姿を見て、
「ノイバラハルシメジが出たなあ」と悟ったのである。
そんな回文。
「出たなあ」ノイバラハルシメジ生え始め知る。腹這いのあなたで。
(でたなあのいばらはるしめじはえはじめしるはらばいのあなたで)
斉木さんが可愛いおじさんで良かったね。
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