【きのこ回文】トガリアミガサタケ

※この物語はフィクションです。

 

きのこを探して森を歩くとき、その場所がなんという自治体に所属するか、私はあまり頓着しない。
良きシロを求めて地図を繰れば、眺めるのは文字情報ではなく「公園や森を表す緑色がどのように塗られているか」である。
地図で確認して訪れた森が何市であるか気にしないばかりか、何県であるかも把握していないことがある。
これはそんな私が経験した数年前のある春の日の出来事である。

 

ソメイヨシノが蕾を開き始め、樹下の下草もまばらな頃、その日の私たちは東京都町田市内のとあるファミリーレストランで地図を前に思案していた。
「私たち」というのは私と斉木さん、それに福山さんの3人(いずれも中年男性)だ。
おじさんが揃って何を企んでいるかといえば、春に生えるきのこの代表格、アミガサタケを採りにいこうというのである。
3人はきのこ仲間なのである。
斉木さんが口を開いた。
「今年は全然出てないですねえ。近所のシロも何ヶ所かまわってみたんですが、見当たりませんでした」
町田は斉木さんの地元である。
この年は降水量の不足か気温の低さか、とにかくアミガサタケの発生が悪かった。
「全国的に発生が少ないようですね。例年ならトガリのシーズンなんですが」
毎年ネット上でアミガサタケ類の発生状況を調査し、記録に残している福山さんが言った。
「トガリ」というのはアミガサタケ類の中でも早い時季に発生するトガリアミガサタケのことである。
トガリアミガサタケは胞子を作る部分が黒っぽい、いわゆるブラックモレルの一種で、子実体が銃弾のように尖っているのが特徴だ。
私たちのこの日の狙いもこのトガリアミガサタケである。

 

とりあえず町田市内のシロをいくつかチェックしようということになり、私たちは斉木さんの車で移動を開始した。
1ヶ所目。交通量の少ない道に接した斜面。ここは無し。
2ヶ所目。神社とその隣の公園。植え込みの中も探すが、ここも無し。
3ヶ所目。大型の都市公園。目を皿のようにした捜索も、またまた空振り。
不作といってもここまで生えていないものか。
それとも6つのきのこ眼では足らず、スルーしてしまったのか。
がっかりして散策の歩きに疲れていると、斉木さんが提案をしてきた。
「じつはこの先に森があって、そこで一度だけ見たことがあるんですよ。行ってみましょうか」
まだ日暮れまで少し時間がある。
私たちはそちらへ車を走らせた。

 

見上げるような巨木が密に生えるその森は、まるで自分が小さな生き物になったかのような迫力があった。
「東京にもこんなところがあるんですねえ」
私が言うと斉木さんが、
「いや、ここは相模原市なんですよ。来る途中で「境川」を渡ったんですが、それが県境です」
と訂正した。
そうか、私たちはいつの間にか東京都から神奈川県へ、武蔵国から相模国へ来ていたのだ。

  

さて、と駐車場付近から探し始めて間も無くのことだ。
「あったー!ついに見つけた!」
福山さんの歓声が上がったのである。
そこには1本だけだが確かにトガリアミガサタケが生えていた。
何の樹下とも言い難い、散策路の脇であった。
私たちはひとしきりその個体の写真を撮り、触ったりして愛でていたが、周囲を見まわしても1本しか生えていないので採取は遠慮した。
それにしても県境を跨いでからすぐの発見である。
これはもうこの土地に感謝するしかない。
ありがとうありがとう。

 

そんな回文がこれだ。

 

「トガリアミガサタケ摘みに、いつの間、神奈川へ。我が仲間の『ついに見つけた!』。相模、ありがと」

 

(とがりあみがさたけつみにいつのまかながわへわがなかまのついにみつけたさがみありがと)

 

1本だけど見つかって良かったね。

 

 

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トガリアミガサタケ

 

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この記事を書いた人

おおうち もとひろのアバター おおうち もとひろ 関東きのこの会 副代表

『猫とキノコで悶絶するサックス吹き』
小学生時代は近所の雑木林に遊び、ナラタケやホコリタケと戯れる。
大人になってすっかりそんな日々を忘れていたが、ある日仕事先の駐車場に旺盛に生えるコガネキヌカラカサタケを見てキノコ熱が再燃。
現在は主夫業とサックス演奏のかたわら「撮りキノコ派」として主に埼玉・群馬県周辺の森を散策する。
きのこ検定2級。
キノコは食べるぶんしか抜かない係。

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